バランス、投げ受け止めと回転運動

文╱呉秀玲
本文提供はTELDEP台湾デジタル公開審査推進プロジェクト

 

毎年恒例の国慶節の晩餐会では、曲芸が常に最も印象的なパフォーマンスである。曲芸師による一輪車や火の輪くぐり、皿回し、柔軟パフォーマンス、倒立、人間ピラミッド等の曲芸などなど。特にピラミッドが今にも倒れそうになり、曲芸師たちが一斉に落下する光景を見て、客席は盛大な拍手に包まれる。クライマックスは、定番の巨大人間ピラミッド「金玉滿堂」で、会場の盛り上がりは一気に最高潮になる。宋朝には、既に宮廷や民間祝祭の場では曲芸が行われていた。『東京夢華録』(北宋徽宗時期(1100~1125)の孟元老による開封城の町の様子を描いた文学作品)では、皇帝誕生を記念して各々雑技団がパフォーマンスを披露した様子が書かれている。長竿の上端での曲芸、綱渡り、倒立、ブリッヂ、碗回し、足でのジャグリング、とんぼ返り、二人一組で行う曲芸について描かれている。更に時代を遡ると、漢の時代の絵やレリーフからは、相撲やナイフ投げ、尋橦、綱渡り、剣の呑込みや火吹きなどの曲芸が行われていたことがわかる。幾千年にも亘り、曲芸師は即興のパフォーマンスで観客を楽しませていたのである。

20世紀半ば、歴史的な状況により一部の中国雑技団の曲芸師は台湾に残ることになり、彼らは劇場やホテル、バー、軍隊のクラブなどで働くようになった。特にナイトクラブなどのショービジネス関連のイベントでは、パフォーマンスは三ヶ月毎に次々と更新され、曲芸師は創造力を試された。中国の雑技団に対抗する為、中華民国早期に曲芸は国民党政府によって非常に重視されていた。民国62年(1973)、教育部は「中華総芸団」を設立し、頻繁に海外公演を行って国民外交を行った。また民国67年(1978)に、李棠華氏は「中華民俗技芸訓練センター」を成立、師匠が弟子によって芸を伝えていくという伝統的な方法ではなく、計画的な人材教育を開始した。そして民国71年(1982)、国立復興劇校(現・台湾戯曲学院)は「総芸科」を設置して、芸能と学問を結合させた教育を提供するようになった。台湾の曲芸教育はバランススキル、投げ受け止め、筋肉トレーニング、武道、回転運動の五分野に分類され、学生はその他にダンスや演劇、工芸、廟巡行行列の民俗芸能などの伝統芸能を選択する。卒業生は曲芸師やダンサー、武術選手としてパーティやレストラン、街頭、劇団、ダンスチーム、サーカスでパフォーマンスを披露している。曲芸教育を専門的に会得した曲芸師は昔と比べ学歴もあり多芸で、多くのパフォーマンスの機会に恵まれている。


李棠華と雑技団

芸が舞台の上で披露され、多くの観客に提供されるパフォーマンスとして位置づけられるなら、プロフェッショナルな角度から評価され、観客の要求が厳しくなっていくことは避けられない。それでは、台湾の曲芸は如何にして自らの特色をアピールすれば良いのだろうか。中国のハイレベルな雑技団のような伝統的な雑技と華やかなシルク・ドゥ・ソレイユのような現代的パフォーマンスのはざまにあって、台湾の曲芸はどのように居場所を確保すれば良いのだろうか。

台湾戯曲学院民俗技芸学科の程育君主任はこう語る。あるフランスの舞台監督が交流の為に台湾を訪れた際、伝統的な雑技は時代遅れだと言われるものと思っていると、逆に「伝統的なパフォーマンスこそ一番優れた表現形式だ」と言われた。曲芸は経験を積み重ねて完成されてきた形式であり、演劇のような多様なパフォーマンスを見せる芸術ではないが、曲芸は幾年にもわたって曲芸師が芸術的価値と娯楽性を高め、斬新なアイディアやマルチメディアの融合などの舞台効果を取り入れて現代の形にまで進化してきた。しかし、曲芸師が一定のレベルに達していなければ、いくら舞台演出が華やかでも、それは観客に満足を与えるものとはならない。中国本土からやってきたベテラン曲芸師のショーはどれも類似しており、彼らが学校で教授している技も最も伝統的なものである。つまりは、こうした基本的な芸ができるかどうかが重要なのであり、それこそが記録されていかねばならないのである。伝統曲芸は師匠より弟子へと受け継がれていき、脚本もなく、文献資料があまり残ってはいない。そんな中で、常に進化していく芸術を如何にして記録していけばいいのだろうか。また、民俗曲芸は遡っていくならたくさんの流派が統合したもので、定義することが難しい。アーカイブ資料にするには、分類しシステム化する必要があるが、その名称さえも絶えず変わっているのである。台湾の曲芸は動物を使わないから「サーカス」とは言えないし、中国本土の「雑技」は名前の通り「雑」というイメージがあるし、また台湾の専門学校の「総芸科」ではバラエティショーと言うイメージが強くなってしまう。それで現在、「学院」に昇格した台湾戯曲学院では「民俗特技」と呼ぶことにし、「特殊な技」と言う意味を強調し、舞台でも原住民舞踏など台湾独特の要素を取り入れている。


当時では珍しいコスチュームを着ている趙家流派のベテラン曲芸氏


ショー「鷹揚萬里」で曲芸師は原住民の衣装を着用

台湾戯曲学院一般教育センター副教授黄一峰博士により進められている「民俗特技-台湾における伝承と回顧」デジタルアーカイブプロジェクト、一刻を争う企画である。何故ならば、ベテラン曲芸師は定年し、転職する者もいる中、彼らにより構築された台湾民俗曲芸の歴史は今まさに失われようとしているからである。以前に集められていた写真は解析度が不十分であるため再度写真を要請するも、提供資料がもうなくなっているか、あるいは何人かはすでに故人となっていて、親族から遺品を受け取ることができないというケースが多々あった。従って、プロジェクトチームは学院が本来所有しているデータから手をつけることにした。この企画の資料には「チーム概要」をはじめ、「歴史を振り返る」「曲芸パフォーマンスの形式」「曲芸パフォーマンスの種類」「文化財リサーチ」「曲芸師の生涯」などがある。「文化財リサーチ」は、道具や衣装、古い時代の写真、ビデオを含んでいる。プロジェクトのホームページでは道具の分類を切り口として資料を提供している。当時の道具は水桶やイス、階段、毛布など一般生活に使われていた実物を使っていた。ちなみに現在の曲芸師は、実物ではなく特殊な材質で作られた道具を使用している。サイトに載せてある写真は600dpi以上の高画質で、道具や衣装の写真の下には材質、寸法や使用されたショーについての情報も載せてある。

プロジェクトチームは「曲芸パフォーマンスの種類」の中で、既存の五大曲芸項目以外に「マジック」を新たに加え、手品師張愚が発明したマジックの道具をコレクションとして収めている。「文化財リサーチ」の衣装の項目は中華・西洋に分類され、計1200点の衣装が収録されていて、質量共に充実している。また、戯曲学院はパフォーマンスを専門的に学ぶ学校で、教学こそが重要な目的であるため、プロジェクトチームは学校創立初期の教材を文字にして残し、総芸科創立以来20数年にわたる曲芸パフォーマンスの変遷過程を整理した。サイト利用者は民俗曲芸教育についてさらに詳しく知ることができるだろう。


陳金銘のディアボロパフォーマンス

今年度のデジタルコンテンツでは、写真と口述筆記が最も面白い。ここには、古き時代の趙氏、張氏、潘氏、朱氏、王氏など各流派とそのトレーニングチームの記録が含まれている。既にある人は故人となっているためどうやって資料を確保するかがプロジェクトチームにとって最大の課題となっている。過去のショープログラムではその内容を詳細に記録していないため、写真を通して当時のパフォーマンスを推測するしかない。伝統ある曲芸団はチケットの売れ行きを最優先する為ビデオを残す習慣がないし、またベテラン曲芸師はおのおのそのマネージメントスタイルが違うということも、資料収集が困難な理由のひとつである。伝説の曲芸師李棠華を例に挙げると、彼は一貫して控え目であり取材を一切断っている。しかし、もし李棠華に関する資料が欠けるなら、台湾曲芸史は完全なものにはならない。デジタルアーカイブ曲芸部分の担当程育君主任は、このプロジェクトはいくつかの段階に分けて徐々に完成させていくプロジェクトだと考えている。如何に貴重な文化資産を発掘していくかがプロジェクトチームの課題である。


張愚師匠がマジックに使用したインドの籠と頭部切断道具


曲芸師張火珠指導による「単飛燕頂碗」を披露する夏菊花
(1937年生まれ、中国の有名な曲芸師)の定番技。

千年以上の歴史を経ているにもかかわらず、民俗曲芸がいまだに活気に溢れているのは絶えざる革新の賜物であろう。曲芸は大道芸だった時代、庶民娯楽広場で演じられていた時代、宮廷で演技していた時代、そしらさらに現代では舞台の上で演じられるようになり、21世紀には再び人々との距離を縮めている。現代的要素による新鮮さはあっても、基礎になる逆立ちやピラミッド、皿回しなどバランス感覚が求められる伝統的な動作は不変である。芸術を究めていく道のりにあって、台湾の民俗曲芸は伝統と革新のはざまで、自らのあるべき姿を探し求めている。曲芸師の身に纏うコスチュームが中国の伝統衣装であれ、原住民の衣装であれ、スーパーマンの格好であれ、曲芸の根本部分に変化は無いのである。

参考文献

李建民(1993) 『中國古代遊藝史』 台北 東大図書股份有限公司

傅起鳳・傅騰龍(1989) 『中國雜技史』上海 上海人民出版社

蔡欣欣(1998) 『雜技與戲曲發展之研究』 台北 文史哲出版社

蔡欣欣(2008) 『雜技與戲曲』 台北 国家出版社


大中華総合劇団のパフォーマンス

  • テーマとキーワード 家班、張家班、民俗曲芸
  • 記述 口で支えつつ吊りさがる様子
  • 資料識別コード コレクション番号:ac_ph_chang003


民国54年建国記念日でのパフォーマンス

  • テーマとキーワード 家班、張家流派、民俗曲芸
  • 記述 建国記念日プログラム「群美一輪車」を前にスタンバイ
  • 資料識別コード コレクション番号:ac_ph_chang032


皿回し

  • テーマとキーワード 家班、趙家班、民俗曲芸
  • 記述 新年祝賀晚会での皿回し
  • 資料識別コード:コレクション番号:ac_ph_chao024


演出宣伝写真

  • テーマとキーワード 家班、趙家班、民俗曲芸
  • 記述 合成写真
  • 資料識別コード コレクション番号 ac_ph_chao027