宋 儀礼要義

外寸(縦・横)29×19(cm)
版框(縦・横)21×15(cm)

宋魏了翁撰
宋 淳祐十二年(1252)
魏克愚徽州刊九經要義本

魏了翁、字は華父、宋邛州蒲江の人、慶元5年(1199)進士。魏了翁の著作、「周易集義」に附された元回方の跋文には、「僉書枢密院事・魏文靖公鶴山先生了翁華父は、乙酉の年に権工部侍郎となったが、言行に問題があるとして靖州に左遷され、『周易集義』六十四巻のため、各種経書の注疏摘要を中心に、濂溪周敦頤、洛陽程頤以来の諸大儒学者、易学者の学説を集めた。仲子大府静齋先生克愚明已(魏了翁のこと、字は克愚、号は明已)は、壬子の年、軍器監丞として知州、徽州に派遣され、『周易集義』を刊行し紫陽書院に置いたが、丙子の年、書院は戦火に巻き込まれ書版は全て焼失した。」とある。壬子の年とは宋理宗淳祐12年(1252)、丙子の年とは宋端宗元年(1276)にあたり、刊行の二十年後、書版は戦火に遭い全て失われたことがわかる。そのため、現代にまで伝えられた本書はたいへんに貴重なもので、清代の大蔵書家・顧広圻は本書の宋版を讃えて「真に天下第一等の至宝であり、宋代の書物だから貴重なのではない。」と述べたが、正にそのとおりである。

魏了翁の「九経要義」は、かつて明代内府に収蔵されていたが、万暦時代にはすでに不完全なものとなっており、「周易」、「尚書」、「儀礼」、「春秋」のわずか四経しかなく、それら四経もやはり不完全あった。「儀礼要儀」を例に挙げると、「四庫全書」の記載によれば、三十と三十一の二巻が欠けている。個人の収蔵に関しては、上海の宜稼堂所蔵の「毛詩」、「儀礼」、「礼記」の三部が最も多く、後に豊順の丁氏の持敬斎所蔵となったが、そのうち「儀礼」は前六巻がなく、「礼記」は始め二巻が欠けており、やはり不完全であった。丁氏の蔵書は、近代の動乱により散逸し行方がわからない。現在知られているものとしては、故宮博物院所蔵の本書以外に、日本の天理図書館にも「毛詩要義」一種が収蔵されている。

本院所蔵の宋版「礼儀要義」は、かつては烏程の厳元照の所蔵であったが、清嘉慶年間に阮元が購入して内府に献上した。本書の字体は細いが力強く、用紙と墨も新品同様で、宋刻には珍しい真に貴重な書物である。

 

提供:国立故宮博物院